◆下pp.152-3(文化大革命の中で)
母は、父を離婚するよう当局から強硬に圧力をかけられていた時期、私たち子供にどうしたらいいと思うかと聞いたことがあった。父を取れば、私たちは(略)どんなに差別され、いじめられるか、私たちはみんな自分の目で見て知っていた。けれども、私たちは「何があっても、おとうさんの側につく」と言った。それを聞いてうれしい、あなたたちを誇りに思う、と母は言った。迫害される両親の苦しみに自分たちの心を重ね、両親の志操と勇気を尊敬のまなざしで見つめ、両親を痛めつける人々を憎悪するなかで、両親に対する私たちきょうだいの思いは深まった。いままでとはちがった次元で、私たちは父と母を敬愛するようになった。
◆下p.279(「幹校」という強制収容所で)
(略)しかし父は、ゆっくりと話をつづけた。「ときどき自分に聞いてみるんだ。死ぬのがこわいか、と。こわくはない。(略)このごろ、いろいろなことを考えるんだ。父さんは、ひどい子供時代を送った。世の中は、不正にまみれていた。共産党にはいったのは、公正な世の中を作りたかったからだ。それ以来ずっと、全力をつくしてやってきた。だが、それが人民の役に立ったか?自分のためになったか?家族のみんなを破滅の淵にひきずりこんで、何のための苦労だったのか。」
よい家族を築くために努力しよう、と思い直させる本だった。
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